働かないふたり

 昨日、沖縄で梅雨明けしたみたいですね。早いもので、こちらはまだ梅雨らしいくもなく雨が少なくて。

 知り合いが「働かないふたり」というのを読んでいるとのことで、僕も興味がわいて書いました。お店には最初の1巻が置いてなかったので最新巻の11巻を買いました。そこには、ニートの兄と対人恐怖のひきこもりの妹の日常が描かれていました。特別ではない日常がなんだか楽しそうで。お互いのやり取りを見ていて思わず笑うこともあり。

 それを見ていて感じた事。それはそこに描かれている日常が僕の活動で目指している理想の利用者さんの精神状態だということ。11巻から読んだので、最初からそういう感じなのかはわかりません。ただ、11巻を読んだ感じからするととてもふたりとも活き活きとのびのびと生活をしていたという感じ。もちろん、活き活きでものびのびでも楽しそうでもそれぞれ人によって形は違うでしょう。そうであっても、活き活きとしているのはとてもよいことで。

 仕事につくことも大事なことのひとつなのでしょう。しかし、生活として、人生としてこうした心が解放されている(心が自由になるのをたやすく選択できる)状態というのは、僕にとってはとても重要視している要素で。それは、仕事についていても、定年をむかえても、もちろん、就学前の子どもであっても、誰でもその心の自由は保障される必要があるのだと思っています。それが保障されていないということは、生きづらいと感じることに直結するとも考えています。

 この漫画の世界のキャラは活き活きとしている。それが、とても心に響くものでした。この仕事をしているから、余計にそれが輝いて見えるのかもしれません。人が当たり前のように、心の自由の保障がされ、どうありたいかということにも手がつけられる、それがどうすれば叶うかというのが僕の仕事の大きな課題でもあるのだなと改めて認識しました。